昔の遺言

2014/04/17

現在でいう遺言とは、財産を誰にいくら渡すというような法的な意味が強いのですが、

昔の遺言というと「辞世の句」ですね。
昔は長男や家族が家を継ぐという時代でしたので、財産どうこうよりは生きたさまといいますか、心情をつづっていたのだと思います。

歴史上の偉人達も辞世の句を残していってます。今日はそのうちのいくつかをご紹介いたします。

1.吉田松陰
松下村塾で有名。久坂玄瑞や高杉晋作、伊藤博文、山縣有朋などといった多くの有能な人物を育てた。
「天下は万民の天下にあらず、天下は一人の天下なり」という思想をもっていた。享年30歳

弟子宛の句  

「身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂」
 
家族宛の句
「親思ふ 心にまさる 親心 けふのおとずれ 何ときくらん」

2.黒田 官兵衛
現在大河ドラマの主役で有名!官兵衛というのは通称で、名は黒田 孝高。

歴史小説等では、不遇の天才武将として描かれることが多く、遺訓として「人に媚びず、富貴を望まず」がある。享年59歳。


「おもひおく 言の葉なくて つひにゆく みちはまよわじ なるにまかせて」

3.岡田以蔵
通称 人斬り以蔵。

以蔵は初め独学にて剣術を学んでいた。武市に師事し剣術を学ぶ時、その我流剣術で武市らをおどろかせた。
慕っていた武市からはあまり良く思われていなかったようで、「あのような阿呆は早く死んでくれればよけれど、あまあま御国へ戻り、誠に言いようもなき奴。さぞやさぞや親が嘆くろうと思い候」と言われている。
打ち首の後、見せしめのため獄門といって3日間晒し首にされている。享年28歳。


「君が為 尽くす心は 水の泡 消えにし後ぞ 澄み渡るべき」

昔は、寿命も短く、生き方も違う時代。
自分自身生涯を終えるとき、どんな辞世の句をかけるのか、そのためにどんな人生をこれからおくっていくのか。
いろいろと考えてしまいます。

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